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横山 秀夫
おすすめ度:
リアリティなし! といって奇想天外でもない・・・
自分が歳くった証拠でしょうか。ちっとも現実感を持って読めませんでした。スポーツジャーナリズムの手法を使った文体はさっぱりして読みやすく情報量も多大ですが、内容としては戦時中にタイムスリップした現代人の青春小説といったもの。もっとも引っかかったのは、野球というスポーツが「戦前は」ここで描写されたように自由で気楽な雰囲気の中で行われるものだったのかどうかという点です。今でこそ長髪が許されますが、わが家の近所の中学生なんか「戦後幾久しい」今でもまだ全員坊主で上級生にしごかれているというのに腑に落ちません。個人的にも運動部での経験のほうが軍隊のイメージと重なる部分があるせいか、あざやかな青春時代の象徴として野球を、その対極として軍隊を置かれても、ピンときませんでした。東京中が焼け野原なのに赤いボレロを着て喫茶店をやっているマスターとか、現代の女の子みたいに思ったことを全部口にできる恋人とか、ライトノベル的な状況設定のまま、「生きるとはなにか?」と問われてもポカンとしてしまいます。学徒出陣で命を失った美大生の作品を「無言館」で眺めると、「本当に描きたかったんだろうなあ」という思いがひしひしと伝わって、残されたもの以上にその人生を思い描いてしまいますが、こちらの小説ではこんなにページを使って雄弁に語られているにもかかわらず、実にさわやかで陰りのない青年の横顔が残るだけなのです。確かに「泣きたい、泣きたい」と思って読めば泣ける小説ではありますが、この作品がそれだけのために書いたというふうにもまた読めません。「自分との戦い」がどう結末を迎えるのかという哲学的命題に立ち向かっているのだなと思いました。だとしたら、むしろ戦時下という歴史的な設定の方が読む人を混乱させているのではないでしょうか。エンターティメントとして「泣く」趣味のない人、著者の哲学的命題に興味を持てない人にとっては入り込めないお話です。
回天について、死について考えずにはいられない
この小説は、時代背景がしっかりとしています。
著者が新聞記者だったこともあって、取材が細部まで生かされていました。
戦時下の描写がリアルであるため、ストーリーに完全に引き込まれます。
また主人公やその周りの人物たちでさえも、思考や主義などが戦時下らしさに満ちていて、
現代作家が描いたのではなく、実際に戦争を体験した人が書いたのではないかと思ってしまいました。
しかし、それだけではありません。
この小説の魅力、それはテーマがしっかりとしていることです。
夢を追うことと、生死の問題、
特攻のむなしさ、自由に考えることができないことの苦しみなど…、
考えさせられることがたっぷりとあります。
今生きていることや、何不自由なく夢を追ったりすることは、
それだけで幸せなのだと、読み終わって感じました。
これだから読書は好きです。
一般小説の分野でも、これだけの作品を書ける彼の圧倒的な筆力には、脱帽するしかない
本書は、「警察小説の旗手」、「現在のミステリー・シーンの最前線に立つ作家」といわれる横山秀雄の、畑違いとも思える戦争青春小説だ。私は、警察小説などの分野でも、横山秀雄の人並み外れた筆力の高さを見せ付けられているだけに、本書のような一般小説の分野でも、そこそこの作品は書くだろうとは思っていたのだが、本書は、そんな私の予想を遥かに上回る出来だった。本書は、間違いなく、横山秀雄の代表作の一つに入る作品だと思う。
本書は、人間魚雷「回天」の搭乗者に選ばれ、あらかじめ死を約束された青年、並木の生きざまや心の揺れなどの描写を通して、戦争というものの持つ理不尽さや、当時の時代の異常さを、読者に強烈に訴え掛けてくる。読んでいて、やり切れなくなってくるほどだ。死を約束された回天隊の中でさえも、「修正」と称して、日常的に繰り返されるリンチ。死への恐怖と、家族を、恋人を、そして国を、自分が命を捨てて守るしかないと言い聞かせる気持ちとの間で、揺れ動く並木の心。そして、出撃前の帰郷時に、恋人、美奈子とは会わないで隊に帰ると決めていた並木が、ホームで美奈子と会い、別れるシーンは、もう、たまらない。男性の読者なら我が身を並木に、女性の読者なら美奈子に置き換え、誰もが目頭を熱くするだろう。
生きて帰ってきた者に、「生きて帰って、申し訳ない。早く死にたい。死んでみんなのところへ行きたい」と、熱病に浮かされたように思わせてしまうこの時代は、異常としか思えない。しかし、平和な現代に生きる我々が、この時代においても、時代の流れに抗って、今の自分の考えを冷静に貫けると、本当に自信を持って言い切れるだろうか。本書は、ふと、立ち止まって、こうしたことを考えざるを得なくなる作品だ。同じ題材と同じプロットを使っても、誰もが読者にそのような思いを想起させられるものではない。横山秀雄の圧倒的な筆力に、ただただ、脱帽するしかない。
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